2007年予算議会 一般質問

           2007.3.12

          

私は、市政における重要問題のいくつかについて、日本共産党の立場から一般質問を行います。

まず小出病院問題であります。市当局と医師会と県当局、この3者によるワーキングチームがまとめた小出病院の将来構想が、ごく最近、議会病院特別委員会に報告され、報道もされておりますが、その中味を論ずる前に、まず私は、検討の進め方自体が間違っているのではないかということを申し上げたい。ワーキングチームでの議論が悪いというのではありません。順序が違うのではないかと言いたいのであります。ワーキングチームという英語は、日本語に訳せば「作業部会」であります。作業部会というものは何をするところでしょうか。病院なら病院の、こういう性格でこういう規模のものにしたいという基本構想がまずあって、それを土台にして、それに肉付けをして具体的な計画をまとめあげる、これが作業部会というものの役割ではないのですか。

ところが、今回のはどうでしょうか。われわれが、小出病院をどうするかの市としての基本方針を示せ、と何回要求してもそれを明確にしないままワーキングチームの検討が始まり、3回の会合が開かれて出て来たのが、何とそれが「基本構想」だと言うではありませんか。ある同僚議員がいみじくも言ったことでありますが、これではまさに、設計図を作る前に工事を発注したようなものであります。現場の職人が作りたいものを勝手に考えて作れということではありませんか。

各方面の意見を充分聞いたうえで、基本的なことについては市長が決断をくだすというプロセスをぬきにしてすべてを丸投げしてしまうというのは、まさに無責任であります。

しかも、ワーキングチームの構成は、先に述べた3者でありますが、考えてみればこの3者はすべて医療を提供する側、あるいは提供すべき立場にある側であります。患者となって医療を受ける立場になる住民がはいっていないではありませんか。こういうことで公正、公平な結論が期待できるのですか。

事改めて申すまでもないことでありますが、病院は誰のためにあるかと言えば住民のためであります。魚沼市は誰のために存在するかと言えば魚沼市民のため、市内に住む住民のためであります。その住民の声を、意見を、何よりも重視し、尊重しつつ行われるべき病院問題の議論が、このような形で進められるのは、住民無視も甚だしいと言わなければなりません。まずこの基本的なやり方を、直ちに、抜本的に改める必要があると思うのでありますが、市長にその意志があるのかどうか、まず明らかにしていただきたいのであります。

只今述べたように、大切なのは小出病院問題に対応してゆくにあたっての、市長の基本方針であります。今後、住民の意向をきくということを基本にして、さまざまな形での議論が活発に展開されていかなければならないと思いますし、住民の要望を最大限尊重するというのが市長の姿勢でなければならないと思う者でありますが、さればといって、市長の基本的な考えが全くなくて、ただ議論の趨勢に従う、ということでは困るのはもちろんであります。

端的に伺います。市長の基本的な考えは、基幹病院設立後でも小出病院は魚沼市内の中核的な医療機関として、住民の日常的な医療ニーズにこたえられる病院として存続すべきだという考えですか、それともそれとは違う考えですか、二者択一でお答えいただきたい。

次の問題は、地域経済の活性化をめざす方策のひとつとして、市役所の物品購入や工事の発注のさいの地元業者優先を徹底する問題であります。

現代の日本社会においては、農村がさびれ、都会に冨が集中する傾向があります。これは、資本主義という経済制度そのものが持っている基本的な性格でありますが、最近の自民公明政権の政策は、これまである程度積み上げられてきた経済的弱者保護の仕組みを次々に取り払って、自由競争を野放しにしました。いわゆる規制緩和路線がそれであります。その結果、富める者と貧しい者の格差、大企業と中小企業の格差、都市と農村の格差は、極端に広がり、世界でもトップクラスの格差社会が出現しているのであります。農村に住む人々は、ただでさえ都市部と比較して少ないなけなしの所得を、消費に使えばすぐさまその大部分が巨大企業の利益となって都会に運ばれてしまうというのが現実であります。せめて住民から集められた税金を、財政支出として使う場合、そのお金がすぐに都会に流出してしまうのでなくて地域内で回るように努力することは、とりあえず地方自治体がなしうる地域活性化策ではないでしょうか。発注は原則として市内業者に限る、市外の業者に発注するのは、手を尽くしても市内業者ではどうしても受注することができないものに限る、市内の個々の業者では受注が困難でも、共同企業体などを組むことによって可能になる場合には、行政としても積極的にその方向を奨励し援助する、こういうことが大切だと思うのでありますが、この点での市の取り組みの実態をご報告いただきたいと思います。

次に入札の問題ですが、昨年の9月議会でわが党の大屋議員が取り上げて、落札率が高すぎるのではないか、と指摘したのに対して、市長は、それは市としてどうしてみようもない、というような答弁をしたようであります。何も手を打っていないから、状況は当然のことながら変化はありません。今年、平成19年にはいってからの入札のうち111日に行われた分から31日に行われた分までの14件の結果が公表されております。落札率を見ますと、80%台が2件、90%以上95%未満が2件、95%以上99.9%未満が7件、100%が3件であります。14件の落札率を単純平均いたしますと、95.62%であります。私は、今述べた14件がすべて談合の疑いがあるとまで言い切る根拠を持ってはおりませんけれども、少なくとも、談合は一切無いなどと断言するわけにはいかない状況であることだけは確かであります。公正取引委員会や警察当局の手が入るまでは談合が野放しだというのは、よくないと思います。

新潟市で官製談合が摘発されたのは平成15年のことでありますが、それを機会に入札改革に取り組んだ結果、それまで平均落札率が95.7%であったものが、改革後は86.3%に、約10%低下しているのであります。魚沼市としても、これを他山の石として、出来るところからの改革、例えば工事費内訳書の提出義務づけの徹底、電子入札の導入、すべての予定価格の公表などに取り組むべきであります。予定価格の全面公表をすれば、少なくとも落札率100%などということは起こらなくなるわけであります。最低限、談合が疑われることのないような水準まで落札率を下げるため市として対策を講じるべきであります。

私がこのことを強調する理由は、もしもこの状態をそのまま見過ごして手を打たずに時が経過すると、「談合ができにくくするため、全面的に一般競争入札を導入せよ」という流れになってきます。そしてそのことは中央の大手企業の参入に道を大きく開く結果となり、市の財政支出の果実は大部分が大都市の大企業に吸い取られてしまうという結果につながるおそれがあるからであります。

私は、地域経済を守るという立場から、すべての入札が一般競争入札とされてしまうような事態は避けるべきであると考えます。可能な限り地元業者の範囲での指名競争入札をまもるべきであると考えます。しかしそのためには、談合を疑わせるような実態を改めることが前提になります。市長は、今のように高い落札率を改善するためになんらかの手を打つ意志がありますか。いかがですか。所見をお伺いします。

大きな第3点、学校統合の問題にうつります。教育委員会の通学区再編計画案によれば、理想とする学校規模を、小学校は各学年2クラス以上、児童生徒数は小中とも240から350名程度とし、それには法的根拠があるかのように述べておりますが、その法的根拠とは具体的にどういうものか、まず明らかにしていただきたい。

次に、学校統合を検討するにあたっては、現在の保護者はもちろん、将来保護者となる人、さらには学校を支える地域の住民みんなの意見を聞き、それを尊重しながら取り組むことが絶対に要であると思います。さらにこれだけでなく、この問題は魚沼市のあり方にも関わる問題であることを考えると、単に統合対象地域だけの問題として処理するのでなく、市民全体の意見を聞き論議する、ということも必要になってくると思います。これらの点についてどのような見解でありますか、お答え頂きたい。

次に、教育委員会が、当面、学校統合を推進する方針を打ち出した背景には、財政上の理由ももちろんあるでしょうが、あまり小規模の学校では子どもの健全な発達に支障があるというような見解があるからではありませんか。しかしこれは一方的な判断であります。私自身、小学校の6年間の始めから終りまで複式学級で教育を受けた経験を持っておりますが、もちろん、小規模すぎる学級や学校にマイナス面が全くないなどと主張しようとは思いません。マイナス面があることは否定しようもない事実であります。しかし、それを補って余りあるプラス面もあることを、きちんと認識して、保護者にも誤りのない情報を伝えたうえで統合が是か非かの論議をすすめるべきであります。現実はそうなっていないのではないか、もしそうであれば、それは即刻改めてもらわなければならないと思います。いかがですか。

最後に、魚沼市として、非核平和都市宣言を行ってはどうか、という提案であります。

県内では20市中14市が宣言を行っております。近くでは長岡市小千谷市、南魚沼市などであります。

 現在、北朝鮮の核実験が国際的に大問題になり、6カ国協議によって北朝鮮に核の廃棄を迫ることが当面の東アジアにおける最大の問題となっております。核兵器は、使用してしまえばそれがすぐさま人類全体の破滅に直結する性格をもつ兵器でありますから、完全に廃絶する以外に道のない兵器であります。

国際関係においては、自分のことはたなにあげて、という態度では何事もうまくゆきません。例えば拉致問題でありますが、阿部首相は拉致問題での強硬姿勢が人気を呼んでそのおかげで首相になれた人物ですが、金正日政権による非人道的な国家犯罪にたいして、断固として抗議の声をあげ、拉致被害者の現状復帰と、北朝鮮側の謝罪、関係者の処罰、そして損害賠償を求めるという態度は全く正しいと思います。しかし、従軍慰安婦や数十万あるいは百万人を超える言われる朝鮮人の強制連行、強制労働など、過去の日本が犯した非人道的な行為については、これを棚に上げるという態度では、とても相手との交渉は進まないし、真の意味で国際社会の支持を受ける事も出来ないでありましょう。安倍政権のあの姿勢とやり方では、拉致問題の解決はおろか、前進させることすら不可能であると私は見ております。

さて核の問題ですが、北朝鮮に核を捨てよと迫る際に、アメリカと中国とロシアには大義名分がありません。自分が核を持ちながら他人に持つなというのは、道理が成り立たないからであります。その点で、核を持たない日本と韓国こそが、本当に説得力をもって、北朝鮮に核の放棄を迫る正当な根拠を持っているのであります。日本国中の町が、村が、市が、非核平和の宣言をすることは、この日本の誇るべき立場を、ひとりひとりの市民、住民の心にも根付かせる取り組みであると言えると思います。魚沼市の非核平和都市宣言を待ち望む立場から、市長の見解を求めるものであります。