2007年 12月議会 一般質問

           2007.12.17

  平成19年第4回定例会にあたり、私は、合併の評価について、JR駅前の駐車場の問題について、国保・介護の保険税、保険料減免問題について、そして、就学援助について、以上四つの問題で一般質問を行います。

 まず、平成の大合併をどう評価するかという点について、星野市長の見解を求めるものであります。

 新聞報道もされておりますが、泉田知事は、去る928日、県議会本会議において、議員の質問に答えて、平成の大合併の評価に関して若干の発言を行いました。議事録によればその部分の発言は次のようなものであります。

 「総体として見れば、平成の大合併は一体どうだったのかと。大都市部で全然進んでいないわけです。むしろ地方で財政力の弱いところが合併に追い込まれていったというような側面もあったというふうに認識をいたしております。住民の幸せというものにとって本当に望ましかったのかと。この合併によって地域が衰退をしていったと。そしてまた、本来は町長さん、村長さんに相談をすれば決められていたものが、本庁ができて、ミニ中央集権化が進んだというような声も多々聞こえてきているところでございます」

 こう述べております。要は、財政力の弱い市町村が否応なしに合併に追い込まれたけれども、合併してみた結果、住民は必ずしも幸せにはならなかった、こういうことであります。この知事発言は、率直な見解表明だと思いますが、星野市長は、平成の大合併についてどう評価していますか。ご自分の言葉で、率直に語っていただきたいと思うのであります。なお、誤解を避けるために一言申し述べておきますが、私ども日本共産党は、市町村合併自体に反対であるとか賛成であるとかの一律の方針を持ってはおりません。合併するかしないかは、あくまでも当該自治体の決めるべき問題だからであります。ただ、政府や都道府県が、アメをなめさせたり、ムチでたたいたりしながら、事実上合併を強制すること、及び住民の意思を確かめることなしに合併をすすめることには反対であります。その点で、このたびの大合併には、問題が多々あったと言わざるをえません。

 さて、次は、論点を絞って、北魚沼6か町村の合併について見解を求めたいと思います。先日、合併後3年が経過したのを機会に、「合併を検証する会」が開催され、いろいろな議論が行われたとのことでありますが、知事が発言したような、合併そのものの是非の議論は行われなかったようであります。それもそのはずでありまして、会合のメンバーは合併協議会の委員だった方々でありますから、みずから決めたこの合併そのものが良くなかったとか、地域にとってマイナスだったとかという議論はしにくいのが当然であります。

 合併協議会のメンバーによる検証会議は、それはそれとして有意義な点もあろうかと思いますが、もっと大切なのは、市民がこの合併をどう評価しているか、ということであります。私は、一般市民が、この問題で自由に発言する機会を、市は提供すべきであると考えます。

 巷で聞こえてくるのは、「合併してよかったことは一つもない」「いや、良くなったことがひとつだけある。住所が簡単になった」などという声ばかりであります。

役場は遠くなり、地域の要望を持っていっても、以前のようにトップである町村長に直接訴えることはできなくなり、補助金は削られ、確定申告の税務相談は縮小され、乳幼児健診の会場は統合され、敬老会のサービスは悪くなり、保健師による健康指導は減り、投票所は遠くなり、地域にいる議会議員は大幅に減少し、役場の職員に知らない人が増え、地域の公共施設は次々と市の手をはなれて地元などにまかされ、以前から、それぞれの町や村で独自の、よそにはない施策として喜ばれてきた「おらが町や村の自慢」が次々と姿を消しています。この上公共施設の利用料全面引き上げなどとくれば、まさに踏んだり蹴ったりであります。

昔から長期にわたって育み培ってきたわが村わが町の財産が、これほど早く剥ぎ取られてしまうとは、誰も予想しなかったのではないでしょうか。合併して希望のスタートをきったはずの新生魚沼市が、合併したとたんにこれほどの財政難に見舞われていることは、大方の見通しをはるかに超えるものであました。「聞いて極楽見て地獄」とは、矢祭町の根本前町長の台詞でありますが、「こんなはずではなかった」というのがほとんどの住民の実感ではないでしょうか。

星野市長、あなたは、合併当時の6人の町村長の一人として、合併に向けての任意協の発足から法定協での合併協議、そして合併の実現まで、一連の運びを主導的に動かした中心人物の一人であります。こんなはずではなかった合併を、文字通り推進した当事者として、市民に対して責任を感じていますか。合併後3年を経た今日の事態をふまえて、反省と謝罪の言葉があって然るべきだと思うのでありますが、いかがですか。

次の質問にうつります。JR上越線や只見線の列車を利用して出かけようと思っても、小出駅周辺に車の置き場所がなく、つい目的地まで車で行ってしまうとか、ほかの駅まで行ってそこに車を置いて列車に乗るとかというケースが多いと聞きます。小出駅周辺に利用しやすい駐車場があれば、もっと駅の乗降客は増え、JR列車の利用率も上がると思うのに、今までのところ具体的な手が打たれていないのはまことに残念なことだと思います。

いま小出駅のことを申し上げましたが、市内にあるその他のJR駅も、小出駅よりはましだというだけで、駐車場所が完備しているとはとうてい言える状態ではありません。市としてこの問題に取り組む必要があると考えるものでありますが、方針を伺いたいと思います。

次に、国民健康保険および介護保険の保険税、保険料の減免に関して質問します。小泉・安倍政権による構造改革によって、国民の間に貧富の差がひろがっております。日本は、いま、過去に例を見ないほどの格差社会になったと言われております。現在の福田政権も、この問題に抜本的な解決策を講じようとはしておりません。社会保障のあいつぐ削減、国民への負担増によって、低所得層の生活は、本当に大変です。ただでさえ重い負担感のある国保税、なけなしの年金から問答無用に差し引かれる介護保険料などの負担に耐えかねている市民がかなりあるのではないかと懸念されます。

国保税条例の第19条、介護保険条例の第17条には、それぞれ保険税、保険料の減免に関する条文があります。現今のようなきびしい経済情勢のもとでは、この減免の規定が適切に運用されて、軽減措置をうける市民がある程度いて当然だと思うのでありますが、平成18年度の場合、介護保険料の減免を受けた人はゼロ、国保税の減免を申請して適用を受けた人はわずかに2人、とのことであります。これはちょっとおかしいのではありませんか。条例の趣旨から言って現実に減免を受ける状況にある人が減免されていないとことを示していると考えるべきではありませんか。なぜこういうことになっているのか、減免適用の条件のある人には、もれなく適用するようにしようという、行政としての温かい配慮が欠けているのではありませんか。どうなっているのですか。じっと胸に手を当てて省みたうえでお答えください。

もう一つ指摘しておきたいのは、国保も介護の場合もそうですが、減免を受けようとするものは、納期限前7日までに減免申請を市長に提出しなければならない、と決められていることであります。私は、これは、住民の、とりわけ低所得の人々の実情を考えていない規定ではないかと思います。生活が苦しく、期限までに払わなければ、と思いつつも日はどんどん過ぎ、期限の日が来てしまったけれども払えない、これが普通に見られる実態ではないでしょうか。納期限が来るずっと以前から、払えないことを予測して、必要な書類も準備しておいて、期限の7日前までに申請手続きを完了する、こんな手回しの良い人がいったいどれだけいるでしょうか。これは改善の必要があると考えますが、いかがですか。

 さて最後に、ふたたび就学援助についてであります。この制度は、学校教育法第25条及び40条「経済的理由により就学困難と認められる学齢児童・生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない」という規定に根拠をもつものであります。本来無償であるべきはずの義務教育が、実際には、授業料という名目での徴収こそないものの、教材費とか実習費とか給食費とかいう名前で、保護者への負担がかぶせられていることは周知の事実であります。憲法の趣旨から言えば、全員の児童生徒が受けて然るべき就学援助ですが、せめて所得が高くない家庭の子どもたちには、可能な限り広く適用されるべき制度であると考えるものであります。

 このような趣旨の制度でありますが、魚沼市の受給率は依然として、決してたかくありません。これについての数字は、前の定例会のさいに申し上げたかと思いますが、念のため繰り返しますと、平成18年の数字で、魚沼市の援助率が6.1%、これは、市町村のすべての児童生徒数に対する援助を受けている児童生徒の割合を%で表したものでありますが、新潟市が23.9%、村上市が15.2%、長岡市が14.4%、県内全市町村の平均が14.2%であります。

 私は、魚沼市の場合、この制度の適用を当然受けてもよい家庭の子どもが、何らかの理由で受給できないでいる、というふうに理解するのですが、市の担当部局はどう認識しているのですか。受給すべき人は基本的にすべて受給している、漏れ落ちはない、という認識なのですか。正直に答えてください。

 もう一つの問題は、魚沼市における申請手続きです。援助の申請をしにくい点がたくさん残されていると思います。まず、収入のめやすまたは基準が明示されていないため、保護者が、自分が適用を申請してもよい条件をそなえているかどうか見当がつかないこと、民生委員の手を経るなど、生活保護と非常にまぎらわしい扱いのため、住民に抵抗感があって申請しにくいこと、などの諸点を、どうしても改善してゆく必要があると思いますが、その意思があるかどうか。答弁を求めます。

以上であります。