2001年12月議会 一般質問                  2001.12.18


 私は、住民主人公の町政をめざす立場から、日本共産党を代表して、教育委員長ならびに町長にたいして、一般質問を行います。
 まず第一は教育問題についてであります。いじめ、不登校、学級崩壊、暴力行為など、子どもと教育をめぐる状況が社会問題になってから久しくなります。心ある多くの人々がこのことに頭を痛めております。現今のむずかしい教育状況のなかでは、地域の教育力が大切である、地域ぐるみ協力した子育てが必要であるということがよく強調されます。私もそのとおりであると思います。しかし、地域全体で子どもたちの健全育成にとりくむという課題は、関係者の努力にもかかわらず、必ずしも思うようには進んでいないのが現実であると思います。生まれてくる子どもが少ない、いわゆる少子化が深刻化している今日、なけなしの子どもたちを無事に立派に育てていくために、地域の人々すべてが力を合わせるにはどうすればよいか、私はそういう観点から質問したいと思います。
 現在の日本社会は、人間が人間として育って行くうえで、さまざまな障害や困難が数多く横たわっている社会であります。子どもがまっとうに育ちにくい社会、育てる側から言えば子育てが難しい社会、教育しにくい社会であるということができると思うのであります。「いまの子どもは恵まれすぎている」とか「子どもをわがままに育てるからいろいろ教育問題が起こるのだ」という議論が一部にありますが、それはいまの社会現象を表面的に眺めた議論であって、子どもをめぐる状況の困難さを正しく見た議論ではありません。
 いまの子どもたちは、かつて歴史上例を見ないほどの教育的悪条件のなかで、もがき苦しみながら、試行錯誤しながら成長しようとしているのだという認識に立たないかぎり、手探りをしながら子育てをしている親たちの悩みや、困難な教育状況のなかで悪戦苦闘する教育関係者の苦労を、理解することはできません。地域全体で、ひいては社会全体で、子どもたちの健全育成のために協力協同することを可能にするためにいまもっとも必要なことは何か。私は教育の情報公開であると思います。学校教育をもっと地域に開かれたものとし、学校はいまどのような状況になっているのか、子どもたちはどのような様子なのか、先生方はいまどんなことに努力し、どんな点で苦労しているのか、こういうことが、PTA会員だけでなく、地域住民全体にわかるようにすることが大切であります。先般問題になった中学校の金銭恐喝事件にしても、新聞に報道されるまでは地域の一般住民はだれも知らない、新聞に出てからも、報道以上のことは何も知らされない、こういうことでは、地域全体での子どもたちの健全育成などといってもお題目だけに終わることは明らかであります。教育委員会は、この点で対処のしかたを反省する必要があると考えますがいかがですか。学校の状況や子どもたちの様子が、もっと地域にオープンにされるために、具体的にはどのような改善策を考えておられるか、まずおたずねいたします。
 第二点は学級編成の少人数化の問題であります。平成13年度から県内の小学校1,2学年において、1学級の児童数を30人程度以下におさえる措置が実施され、おおむね各方面から歓迎されているいることはご承知のとおりであります。一方においてこの措置とひきかえに、従来行われていた学校現場へのいくつかの特例的な定数配当が削減されたりして、多くの学校では教職員の負担増や多忙化を招いている側面があることも事実であり、この点の改善が求められていると思いますが、学級規模の少人数化は時代の流れであって、現在学校教育に生じているさまざまな問題を解消してゆくうえで、最も有効な手だてであることが明らかになりつつあるあることを考えると、これをいっそう推進して行くべきであることは明らかであります。
 そこでおたずねいたします。教育委員会は、この問題で、県にたいしてどのようなことを要望し、また、町独自の施策として、少人数学級化を今後どのように推進してゆくのか、具体的な方針を明らかにしていただきたい。
 次に、図書館の問題でおたずねいたします。先般、図書館整備検討委員会の提言書が提出されました。町の第4次総合計画によれば、建設着手は平成16年度でありますから、遅くとも来年には建設構想の骨格が出来上がらなければならないと思うわけであります。そこでおたずねしたいのは、湯之谷村との建設にむけての協議はいつ開始するのか、どのような協議機関を設けてすすめるのか、整備計画はいつまでに策定する予定か、出来上がった整備計画について住民の意見を聞く機会を設ける予定があるか、であります。また、湯之谷村との協議にのぞむにあたっては、小出町としての考え方をある程度固めておく必要があると思いますが、現時点ではどのような考えをお持ちであるか、町長の見解をお伺いしたい。
 次に現図書館に関することをひとつおたずねします。情報化社会という言葉がよく聞かれる昨今でありますが、社会の情報化において行かれる人々、いわゆる情報弱者をつくらないようにすること、これはこれからの行政にとっての重要な課題のひとつであると考えるものであります。一昨年の9月議会において私は、町立図書館でパソコンを自由開放して、町民が自由に利用できるようにしてはどうか、という提言をいたしました。その後平成12年度末の補正予算で、社会参加促進費補助金によって数十台のパソコンが備品として購入されました。それを活用して、町主催のパソコン講習会が21講座開設され、すでにその3分の2が終わり、約240名の方々がそれぞれ12時間の課程を修了されたとお聞きしております。また担当者のお話によれば、受講者の多くは40代50代であり、また、受講者の半数以上の方が家にパソコンがあると答えておられるとのことであります。ただ私が察するに、多くの場合、家にパソコンがあるというのは、家族のだれかが持っているとか利用している、という意味であって、ご自分専用のパソコンを持っているという意味では必ずしもないと思うわけであります。どなたもお分かりのように、パソコンは講習をいちど受けたから使えるようになるというものではありません。講習で教わったことを土台にして、自分が実際に自由に使ってみるということが大切であります。ところが、初心者が自由にパソコンを操作するということになると、何をしでかすかわかりません。パソコンがそれによってこわれてしまうということはまずありませんが、保存してあったファイルを消してしまったり、設定を無意識に変更してしまったりということは起こり得ます。でありますから、家族といえども、初心者に自由にパソコンをいじらせることはためらうでしょう。そうするとせっかく講習を受けても、ものにならないまま終わってしまうおそれも十分にあると言わなければなりません。その意味から、町のパソコンを町民のみなさんが自由に使ってみることができるように開放する、このことが非常に大切であると思います。そして、それがすぐできるのは町立図書館ではないか、こう考えるわけでありますが、いかがでしょうか。
 さて最後の質問は、去る12月5日付の町たより1769号といっしょに役場から嘱託員にあてて届けられた、「佐梨川総合開発事業を推進する住民の会」の署名についてであります。これについては、佐藤寛議員が去る10日の本会議において質疑を行ったところでありますが、私は、地方公共団体の行う行政事務の公正、公平にかかわる問題として高橋町長の見解を問うものであります。
 まず第1点は、この「会」に、小出町はどのような形で関与しているのかをおたずねしたい。この「会」がどのような組織と役員の体制になっているのか、小出町はこの「会」の加盟団体であるのかどうか、小出町を代表する立場の者がこの会の役員に名をつらねているのかどうか、まずこれらの点を正確に報告していただきたいと思います。
 第2点。この「会」は、「住民の会」と名乗っているところからみて、民間の住民団体ではないかと思われますが、もしかりにそうであるとすれば、この会が展開する署名運動を、小出町が、嘱託員という行政組織を使って全面的に肩代わりしてやるということは、行政の公平性を損ない、町の行政にたいする住民の信頼を著しく傷つけることになると考えますがいかがですか。
 私が特に注目したのは、この署名の末尾に、こう書いてあることです。「お願い 12月14日発行の「町たより」配布の際に回収させていただきます。それを過ぎましたら恐れ入りますが24日までに嘱託員さんまでお届けください」
 この署名は、行政組織を通じて配布し、行政組織を使って回収することをはじめから予定して用紙が作られていることがこれで明らかであります。ということは、署名用紙の配布と回収は町が全面的に受けもつという約束が、署名用紙が出来るまえに「会」と町当局との間で交わされたと推定されますが、具体的にはどのように打ち合わせがおこなわれたのか、あきらかにしていただきたい。
 改めて申すまでもないことでありますが、署名運動というものは、一軒一軒の家庭をたずね、趣旨を説明し、自由意志にもとづく署名を一人一人から集めることをつうじて行われるべきものであります。それでこそ署名は値打ちがあり、無視しえない力を持つこともできるのであります。はじめから行政組織を全面的にあてにして、草の根の活動を放棄してたとえ多くの署名が結果としてあつめられたとしても、それに何の意味がありましょうか。
 去る10日の本会議での質疑で、総務課長は、嘱託員会議において署名の配布および回収業務が了承されたから問題がないという趣旨の答弁を行いました。嘱託員は町から手当が支出され、契約関係のもとで町の行政事務の一端をになっている役職であります。町の配布文書を取り扱うことは、嘱託員の本来の業務であって、配布するかしないかが個々の嘱託員の自由意志にまかされているわけではありません。嘱託員会議の了承を得たからと称して、あたかも署名用紙の配布および署名の回収作業が、嘱託員一人一人の自発的意志にもとづくものであって、町の責任で行われたものではないかのごとく描き出すことは、まったくのごまかしであります。
 さらに町長は、小出町が佐梨川総合開発事業の協定の当事者であって、事業の存続を求める立場では、署名の趣旨と共通であることをもって、町の関与が正当であるという趣旨の発言もされました。ではおたずねしますが、町として決めた政策方向と同じ趣旨であるならば、いかなる団体、いかなる個人の運動であろうとも町の行政組織をあげてこれに協力するのが小出町の行政の基本原則である、とここで明言することができますか。もしも、協力するかどうかはそのとき次第だというのであれば、それは無原則で行き当たりばったりの行政姿勢だといわなければなりません。
 結論的に言って、今回町としてこの署名運動に行政組織を使って関与したのは、行政のあるべき原則にてらして誤りであった、と町長は認めるべきだと思いますがいかがですか。答弁を求めます。
 さて第3点は、署名用紙に書かれてある内容についてであります。
署名の趣旨についての問い合わせは、本来、呼びかけ団体である「佐梨川総合開発事業を推進する住民の会」に対して行うべきものでありますが、町が公の行政組織を使ってこれに関与している以上、署名の趣旨やあ趣意書の文面について関知しないなどという態度をとることはできないはずであります。よって、町としての責任ある説明を求めます。
 署名用紙にはこう書かれております。「水道水に関しての様々な意見もありますが、取水口の位置や方法によって解決することは十分可能です。もし不都合があれば見直すこともできます。」
 この文章をすなおに読めば、こういうふうに解釈できます。すなわち、「揚水発電で何回も上げたり下げたりしたまずい水を、水道水として飲まされることを心配する意見もあるが、取水口の位置や方法を工夫すればおいしい水にすることは十分可能である。もしそれでもまずい水だったら、佐梨川ダムの水を水道水として使うことをやめることも出来るのです。」 このようにうけとるのが素直な読み方であると思うのですがいかがですか。このように受け取ることができるとすれば、この文章には二つのうそがあります。一つは、ダムからの取水の方法によって、かき回したことによる濁りを取り除くことはできたとしても、夏はかぎりなくあたたかく、冬はかぎりなくつめたくなった水を水道水として飲まなければならなくなるという事実を避ける方法などないにもかかわらず、あたかもそれが可能であるかのように思わせる点であります。もうひとつは、これはより重大な点でありますが、もし水道水がまずかったら、水源をそこに求めるのを止めることも可能であるかのような表現であります。これはまっかなうそであります。佐梨川総合開発計画に小出町として参加した理由はいろいろあげられてはいますが、公式にうたわれている理由は上水道用水と克雪用水の二つであります。そしてその比重は、アロケーションといわれる分担割合の数字として明らかにされております。すなわち、小出町と湯之谷村の両町村あわせて、上水道用水の分がダム総工費の千分の14、克雪用水の分が千分の1、金額にして上水道用水分9億1千万円、克雪用水分として6千5百万円であります。両町村負担総額9億7500万円のうち、じつにその93%が上水道用水をそこに求めるという理由で負担が行われるわけであります。この前提で工事が行われたのちに、不都合があるからダムからの水道水取水は取り止めるなどということができるはずがないではありませんか。もしそのようなことをすれば、小出町が共同事業者として佐梨川総合開発事業に参加する根拠がほとんど失われ、5億円ちかい分担金を支払う理由もなくなってしまうわけであります。それをあたかも水道水として使用することをやめることが可能であるかのごとき表現で署名を集めるというのは、住民をだますものと言わざるをえません。町の責任は免れません。取り消しまたは訂正を直ちに行うべきであると考えますが、いかがですか。方針をお伺いしたい。
 以上で私の質問を終わります。ご静聴ありがとうございました。