集団的自衛権

東急田園都市線の三軒茶屋駅のホームで、チェース・マンハッタン銀行東京支店に勤務する43歳の男性が、18歳の4人組の若者に暴行をうけ、意識不明になり、ついには死亡したというニュースを聞いた人も多いと思います。4月の末のことでした。電車の中で、足を踏んだかどうかで口論になったのがきっかけだと報じられました。
 私がこの事件を思い出したのは、小泉首相が、集団的自衛権を行使することを考えてみたい、と言い出したことと関係があります。
 自衛権と普通言われるのは、正確にいえば個別的自衛権のことで、いわば正当防衛の権利のようなものです。他国が攻めてきたときにこれに抵抗し反撃して自国を守ることであって、どこの国にもこの権利は認められる、というのが定説です。
 ところが、集団的自衛権となると、これは名前は似ているけれども、まるっきり話がちがってきます。自国には何事もなくても、同盟国になにかあったときは、共同して戦う、これが集団的自衛権です。日本が軍事同盟を結んでいる国といえばアメリカですから、アメリカが軍事行動を起こしたらそれと一体で行動するというのが、「集団的自衛権の行使」ということです。
 アメリカという国は、第二次大戦後約半世紀のあいだに、世界の50カ国以上に軍事介入をした「実績」をもっている国で、世界のわざわいのもとになっている点では、旧ソ連と同じです。
 アメリカと日本が、さきの電車のなかの4人組のように、いつも徒党をくんで、アジアに世界に君臨するようになったら、いったいどういうことになるでしょうか。
 参議院の予算委員会で、日本共産党の筆坂議員からこの問題を追及されて小泉首相が言葉につまったとき、防衛庁長官の中谷という人が出てきてこう言いました「家の前で池に子どもがおぼれていたときに、各国がみんな助けに行くときに、日本が行けないというのは・・・日本は何もしなくていいのか」と。アメリカが他国に軍事介入する話が、池で子どもがおぼれた話にすり替わるのですから、あきれてしまいます。
 けっきょく、集団的自衛権というのは、自衛権ではなく「他衛権」というべきでしょう。
 このごろ「日本は一国平和主義ではいけない、人並みに国際貢献のできる、『普通の国』にならなければならない」などという論を、まことしやかに吹聴する人がよくいますが、いつまでも戦火の絶えることのない国際社会で、戦争の仲間入りをすることよりも、毅然として仲間入りを拒否することのほうが、はるかに国際貢献になるのではないでしょうか。私はそう思います。
                                   (5月31日記)