小泉内閣終わりの始まり

 

 田中真紀子外相をやめさせたのは、小泉首相にとってとりかえしのつかない大失敗だったようです。もともと生まれも育ちも自民党で、昔からの政治家だった小泉さんが、まるで突如として現れた月光仮面のように、悪をこらしめる「改革派」のポーズで国民大多数の期待と支持をかっさらってしまったのには、正直あいた口がふさがらなかったものです。いくらマスコミのなせるわざとはいえ、奇妙なこともあるものだと思っていました。

心憎いばかりの演出やテクニックで国民の圧倒的な人気をあつめていた小泉さんが、どうして支持率暴落を招くようなヘマをやってしまったのか。とても興味のあるところです。支持率はいくらか下がるにしても大きくは下がらないだろうと思ったのか、支持率暴落をある程度覚悟して、しかしどうしようもなくて真紀子外相の首を切ったのか。みなさんはどちらだと思いますか。

私はどちらかというと前のほうだと思います。小泉さんは「けんか両成敗」という自分の裁きが、世間の理解と支持をある程度得られると考えたのでしょう。「外務省の内部で解決すべき問題を、国会の場にまで持ち出して、『言った言わない』のいがみあいをして国会審議にまで影響をあたえた(だからみんなクビにした)」ということを、小泉さんはくりかえし説明しました。

だけど多くの国民は、その「言った言わない」の話は、一部の族議員が高級官僚とグルになって国政を私物化していることを示す重大問題であって、どうしても黒白をはっきりさせるべきだと考えたのです。小泉さんの感覚と国民の感覚が大きくずれていることが、はしなくも露呈してしまった、というのが今回の一連のできごとの本質ではないでしょうか。

ブッシュ大統領が来て、「小泉首相の構造改革に期待する」などというと、小泉内閣がやろうとしている政策は日本の景気回復には必要なことなのかな、などと思い直す人もあるかもしれません。でもそれは違うと思います。ブッシュさんが言っていることは、要するに、「いまの日本のたいしてもうからない企業は全部つぶしてしまいなさい、そのあとにアメリカの企業が乗り込んでやるから」ということなのでしょう。大銀行さえ守ればそれでいいと思っている小泉さんとは、その点で利害が一致しているわけです。

小泉改革のようないつわりの改革でなく、この国の政治、経済、社会の真の改革をになう勢力が登場しなければならない状況です。がんばります。

                  (218日記